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人生相談崩壊! 放火魔なのに異世界転生!【たらい回し人生相談】

【たらい回し人生相談】〜ヤバいやつがもっとヤバいやつに訊く〜 連載番外編 第9回

 

「彼の言っていることは本当ですよ……」

 どこかで聞き覚えのある声がした。

 見ると、見覚えのある姿が座禅を組んでいる。

「あれ? Yくん?」

「うん」

 彼は僕の友人、Y君だった。

「Yくんも死んだの?」

「風呂場で瞑想中に滑って頭を打ったんだ」

「ふーん」

「こいつ、ここに来てからずっと座ってんのよね」

「えらーい」

 僕はYくんを褒めた。

「さいきんの日本の死者はどうなってんの……? トラック運転手はちゃんと仕事をしているのかなあ」

 異教徒には彼の敬虔さはわかるまい。まあいい。僕は僕の仕事をするとしよう。

「……って、えっ? ちょっと! あんた。なにしてんの!」

 僕はその場所にあった偶像のひとつの前にかがんでいた。もちろん礼拝していたのではない。偶像崇拝は罪だ。その偶像は、僕の前でメラメラと炎をあげ始めていた。

 石膏像の主成分は硫酸カルシウム二水和物だ。これは高温では脱水的に分解しもろくなる性質をもつものの、それは吸熱反応である。よって通常は石膏像が燃えるということはない。しかし、そこはそれ、Nくんが獲得したスキル「放火魔(ファイアスターター)」はどんな物体にも火を放ち燃え広がらせることができるのだった。

「なんで像が燃えてるわけ?!」

「放火しました」

「はあ?!」

「いや、僕はイスラム教徒なので、アラー以外の神を認めるわけにはいかないです」

「は?」

「たしかに、あなたは超自然的な力を持っているのかもしれない。少なくとも僕にそう見えるという点は認めてもいいでしょう、しかし、それをもってあなたが神であるとはなりません。論理の飛躍があります」

「はあ」

「あなたは自分が女神であると言いましたが、僕はそれを認めるわけにはいきません。これは僕の信仰心が試されている状況です。そこで自己防衛としての放火を試みました」

「何すんのよ!」

「なぜ怒るのですか?」

「あんたが私の神殿に火をつけたからでしょう!」

「そう言われても、あなたが真に全能であるなら、この火を消すことなど造作もないことだから、何ら問題にはならないはずです。放火しようとする僕の意思を消すことも。また全知であるなら、僕がこうするということが分かっていたはずですから、あなたは容認したことになります。どっちにしろ怒るのはおかしいですよね。つまりあなたは全知全能の神ではないことになります」

「はあ?」

「あなたは偽りの神です。正体見たりって感じだな」

 論破。

 炎はたちまち燃え広がり、偽りの空間を炎で包み込んでいく。

「迷惑! 迷惑! 何て迷惑な奴なんだ!」

 異教徒が絶叫する。

「あー光に包まれる……わかった。そういうことだったんだ」

 瞑想の最終段階に達したYくんをも飲み込み。すべてを焼き払っていく。

 

 僕は目覚めた。

 見慣れた天井。

 すべては夢だったのだ。

「あー。いい夢を見た。放火もしたし論破もしたし信仰も守ったし」

 そうだ。今日は出かける用事があるんだ。準備しなきゃ。

 

  完

 

■解説「中田考先生のイスラムなぜなに質問箱」

 

Q:今回の小説はあくまで創作されたものですが、作中ではイスラム教徒であるNくんは、神を名乗る存在に出会い、それに対抗し自身の信仰を守る手段として放火をしています。実際にこのようなことがあったと仮定した場合、Nくんの行動はイスラム的にどう考えられるのでしょうか? また、イスラム教では多神教の神や、それ以外の超自然的な存在についてはどのように解釈されるのでしょうか?

A:論点は大別して(1)死んだら女神が現れて話しかけてきたらどうするか、という問題と、(2)そもそも異世界転生はあるのか、という問題の2つになりそうです。

 順にお答えします。

 

(1)死んだら女神が現れて何か言ってきた場合に、どう対処するか、という問題については、その命令を拒んだN君の対応はイスラーム教徒として正解です。

 人はこの世界が終った後に一斉に甦らされ、最後の審判の法廷に立たされる前に一か所に集められ、神から呼び出されて試問されます。偶像を崇めていた者たちには偶像神が現れ、それについて行った者はそのまま地獄に落とされます。ムスリムの前にも天使のような姿を取って神を僭称するものが現れます。その試みに対してその偽の神を否定した者だけが、真の信者として最後の審判の清算を済ませて天国に入ることができます(注2)。

 女神の命令を拒み通したN君は、みごとその試問に合格したと言えるでしょう。もっとも同信のY君ともども焼き尽くしてしまったのはやりすぎかもしれませんが。

 

(2)異世界転生はありえるか、という問題ですが、イスラーム的には「あり」です。

 異世界を、大まかにこの世界ではない世界と定義するなら、イスラームでは「現世(ドゥンヤー)」、「現象界(アーラム・シャハーダ)」の他に「来世(アーヒラ)」、「幽玄界(アーラム・ガイブ)」の存在を認めています。

 「来世」、「幽玄界」にはこの世界の終末の後に起きる天国と地獄、天界だけでなく、過去の世界、反実仮想の実際に起こらなかった可能世界なども含まれます。

 私たちのような凡俗の言葉だと、死後の世界は「時間的な異世界」、天界は「空間的な異世界」といちおう言えますが、実際には時空を超えた次元にあるので私たちには理解できない形で繋がっています。そして天使は現世と来世、現象界と幽玄界の間を行き来することができ、人間の中でも選ばれた預言者や聖者たちは時に、来世や幽玄界に行くことができます。

 この意味での「異世界転生」は可能であり、預言者ムハンマドは天馬ブラークに乗ってエルサレムから天に昇り天界巡りをしています。中世イタリアの文人ダンテ(1321年没)の有名な『神曲』はこのムハンマドの昇天物語の影響を受けて書かれたと言わています(注3)。

 ですから『神曲』は流行の「異世界もの」ラノベの走りであり、イスラームの昇天物語の伝播の系譜にある、と言うこともできないこともない、と言うこともできるかもしれません。アッラーフアゥラム。主が最もよくご存じです。

 

注2:復活の日、甦った人々は集められ、最後の審判の法廷に引き立てられます。その前に起きる出来事について、預言者ムハンマドの高弟アブー・フライラが、ムハンマドから以下のような言葉を伝えています。
 ムスリムと彼らの間に紛れ込んだ偽信者の前に神が彼らが思い描いていたのと違った姿で現れ、「我は汝らの主である」と仰せられる。しかし彼らは「我らは神にお前からの庇護を求めます。我らは主が来臨されるまでここを動かない。本物の我らの主がいらっしゃればそれを見分けられる」と言い放つ。そこで神は彼らの許に彼らが思い描いていた通りの姿で現れて「我こそは汝らの主である」と仰せになる。すると彼らは「あなたこそ我らの主です」と言って、彼について天国に行くのである。
 この預言者の言葉は伝承学者ムスリム・ブン・ハッジャージュ(875年没)がその『正伝集』に収録しています。
 神が時空の中に存在せず、それゆえいかなる形象も有さないことはイスラーム学者の間で合意が成立している正統教義です。しかし神の本体が時空を超越した存在であり、空間の制約を受けないとしても、人間の目に彼らが思い描いた姿を現わしてみせることができるかどうかについては意見が分かれています。
 先行研究を整理してムスリムの『正伝集』を注釈しているヤフヤー・ブン・シャラフ・ナワウィー(1277年没)によると、一説では最初に信者の前に現れた「神(Allāh)」とは神自身ではなく「神の天使」を意味します。第二の説では、神は最初は天使などの被造物のなにかの「姿(ūrah)」を取って現れますが、それは信者が神が具象化できると考える擬人神観に陥っていないかを試す試練です。そしてその姿を見て「それが本当の神ではない」と否定したことで試験に合格すると、そこではじめて神は彼らに顕現なさいます。この第二の説によると、神の顕現の表現である「彼らが思い描いていた通りの姿で現れ」の「姿(ūrah)」は目に見える姿形ではなく、「慈悲」や「尊厳」や「美麗」などの神の「属性(ifāt)」であることになります。
 このハディースの全文については日本ムスリム協会『サヒーフ・ムスリム』第1巻143-151頁参照。ただしこの翻訳は甚だ不正確です。

 

注3:ムハンマドの昇天はクルアーンでは第17章の冒頭に短い言及があるだけですが、ハディースには詳細な記述があります。『サヒーフ・ムスリム』第1巻122-134頁参照。ダンテの『神曲』へのムハンマドの昇天物語の影響については、楠村雅子「ダンテとイスラム文学との接点」『イタリア学会誌』第25号(1977年3月)122-132頁参照。

 

✳︎連載「たらい回し人生相談」は毎週日曜日(20時)更新予定

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